言った言わない
遺産分割の話をしていると、昔の話が突然出てくることがあります。
例えば、兄と弟の二人兄弟。
父親が亡くなり、「兄弟二人なんだから、半分ずつでいいよな」
最初はそんな話だった。
ところが、話を進めていると弟から、
「そういえば昔、兄貴が家を建てるとき、親父は1000万円出したって言ってた」という話が出てきました。
兄からすると、「いや、おれ1000万円なんてもらってないし……」となります。
さて、困りました。
昔の1000万円、どうする?
弟の気持ちとしては、「兄貴は昔1000万円もらっている。それを考えずに今ある財産を半分ずつにしたら、自分の方が少ない」ということだと思います。
一方の兄は、「そもそも1000万円なんてもらった覚えがない。それなのに1000万円もらった前提で相続分を減らされたら、それこそ不公平だ」となる。
ここで難しいのが、二人とも「平等に分けたい」と思っていることです。
兄だけ多く取りたいわけでもない。弟だけ得したいわけでもない。
なのに、話が合わない。
「平等」の基準が違う
相続の現場では、こういうことがあります。
単純に今ある財産を2分の1ずつにすることを平等だと考える人。
親が生きていたときにもらったものまで含めて、最終的に同じくらいになることを平等だと考える人。
どちらも本人からすれば、「公平にしたいだけ」なんです。
だから難しい。
「兄貴だけ得してるやん」「いや、そんなものもらってない」
一度そうなってしまうと、1000万円の話だけでは終わらないこともあります。
- 「あのときの車は?」
- 「大学の学費は?」
- 「結婚したとき援助してもらったやろ」
何十年も前の話が、次々と出てきます。
親は覚えていても、子どもは知らない
さらに困るのが、一番事情を知っている親が、もういないことです。
- 本当に1000万円渡したのか。
- 住宅資金として贈与したのか。
- 貸しただけなのか。
- 実際にはもっと少なかったのか。
父親が何気なく、「兄貴の家建てるとき、1000万円くらい出したったんや」と言っていただけなのか。
時間が経っていれば、資料が残っていないこともあります。
兄弟それぞれの記憶だけが残る。そうなると、なかなか答えが出ません。
遺言があれば、と思うことがあります
こういう相続に出会うと、親が元気なうちに、自分の考えを残してくれていたらなと思うことがあります。
「長男には住宅資金としてこれだけ渡した」「だから残った財産はこう分けてほしい」
あるいは、
「昔の援助は関係なく、残った財産は二人で半分ずつにしてほしい」
どちらでもいい。
親自身がどう考えていたのかが分かるだけでも、兄弟にとっては大きな違いがあります。
遺言というと、「財産を誰に何%渡す」という書類に見えます。
でも実際には、子どもたちが後になって「親父はどう考えてたんやろ」と悩まないために残すものでもあるのだと思います。
兄も弟も、平等にしたかった。親も、おそらく兄弟で揉めてほしいとは思っていなかった。
それでも揉めてしまう。
相続では、そんな少し残念なことが起こります。
だから、元気なうちに残しておく。
財産だけではなく、「自分はこう考えている」という意思も。